大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京簡易裁判所 昭和33年(ハ)2194号 判決

原告 石原三四郎

被告 株式会社精巧社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告に対し三千九百九十六円およびこれに対する昭和三十三年七月五日より支払ずみまで年六分の割合による金銭の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三十三年二月十五日、就業時間は午前八時より午後四時まで、賃金は、一時間につき三十五円(したがつて一日八時間労働で二百八十円)、残業の場合は一時間につき五十二円の割合で計算し、そのほかに一ケ月につき家族手当として九百五十円、交通費として五百五十円、残業の場合は一日の食事代五十円を加算し、前月二十六日より前月二十五日までの分を毎月二十八日に支払を受ける約(ただし交通費については翌月分を前渡し)で被告会社に雇われ、爾後雑役夫として労務に従事してきたところ、被告は別紙記載のとおり昭和三十三年六月二十八日より同年七月五日までの分の賃金、残業手当等の支払をしないから、これが支払を求めるため、本訴に及んだ。もつとも、被告は昭和三十三年六月二十八日原告に対し、突然退職を勧告し、更らに同月三十日には解雇する旨一方的に告知してきたことはあるが、違法、不当な解雇であつて、その効力は発生しない筋合である。

右のように述べ、被告の主張に対し、「被告のした解雇の意思表示が原告の責に帰すべき事由に基くことは争う。原告が三十日分の解雇予告手当一万千九百十円の支払を受けたことは認めるが、これを被告から受けとつたのは昭和三十三年八月二日である(これとても、被告は同年六月三十日に原告に対し解雇を告知したときには支払わず、原告から労働基準局に顛末書を提出して支払を請求した結果同局の指示により右の日に至り漸く支払われたのである)から、本件解雇の効力は昭和三十三年八月二日に発生したのであり、したがつて原告は被告に対し別紙記載のとおり賃金、手当等の支払を請求する権利がある。」と述べた。(立証省略)

被告会社代表者は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の主張事実中被告会社が原告を原告主張の日その主張のような条件で雑役工として採用したこと、その主張の日退職を勧告したことおよび解雇の通知をしたことは認めるが、原告が昭和三十三年六月二十八日以降においてその主張のとおり労務に従事したことは否認する。

二、被告会社は昭和三十三年六月三十日付で原告を解雇したし、同月二十六日より同月三十日までの分の賃金はすべて支払ずみであるから原告から何らの請求も受けるいわれはない。

三、被告会社が原告を解雇したのは原告の職務怠慢によるものである。即ち、被告会社はオフセット機による印刷を業とする会社であるところ、飯田橋職業安定所の推せんによつて原告を雇いいれたのであるが、原告は当初よく働いてはいたけれども、一、二カ月を経過するうちに次第に原告のするべき仕事を怠け、工場長や工員らの職務上の命令にも従わぬようになつた。工場長らは原告に対し再三職務に精励する様説得したが聞きいれないばかりか却つて職務の怠慢は増長し、目に余るほどであつたため工員らから反感をかい、遂に昭和三十三年六月二十八日に至り工員らが被告会社の重役らに対し「原告を即時解雇しないならわれわれが被告会社を辞める」との旨強硬に申しいれてきたほどであつた。そこで被告会社としては直ちに真相を調査した結果、原告について「著しい職務怠慢、勤務成績不良」と目すべき事実が認められたので、同日原告に退職をすることを勧告したが、原告はこれを聞きいれないので、被告会社としてはやむなく右理由により同月三十日に原告を解雇したのである。右の次第であるから、労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合としていわゆる解雇予告手当も支払う必要がなかつたわけであるが、原告としても一時的でもあれ職を失うことだし、金額も小額なことであり支払について争うのは大人げないと考えて、解雇予告手当として昭和三十三年七月一日より同月三十一日までの分一万千九百十円を原告に支払つた。

右のとおり述べた。(立証省略)

理由

一、被告会社が昭和三十三年二月十五日原告を原告の主張する条件で雇いいれ、爾後原告は被告会社の雑役夫(もしくは雑役工)として労務に従事してきたこと、しかるところ、被告会社は同年六月三十日付で原告に対し原告を同日限り解雇する旨通告したこと、被告会社が原告に対し予告手当として給料一カ月分に相当する一万千九百十円の支払をしたことは当事者間に争がない。

二、被告は、被告が原告を解雇したのは原告の責に帰すべき事由に基くのであるから労働基準法第二十条第一項但書によつて即時即ち昭和三十三年六月三十日に解雇の効力が生じた旨の主張をするけれども、被告主張の事実はこれを認めるに足りる十分な証拠はない。

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第四号証(原告の分の労働者名簿)中「解雇の事由」らんには、「職務怠慢につき解雇」との旨、また被告会社の記名、押印があるので真正に成立したものと認める甲第四号証(被告会社から原告に宛てた書面)には、「原告が余りにも働かないし、工員らも憤慨しているから被告会社をやめてもらうほかに方法がない」旨の記載があるけれども、他に、即時解雇の効力を生ずるとすべき労働者即ち原告の責に帰する解雇事由の存在を認めるに足りる証拠がない以上、右記載のみでは直ちに被告の主張を採用することができない。したがつて、被告会社の解雇の意思表示は即時解雇のそれとしてはその効力を生じないといわざるを得ない。

三、被告はまた、被告に対し予告手当一カ月分を原告に支給していると主張するところ、原告は右予告手当は昭和三十三年八月二日に支給されたから、同年六月三十日に原告に対しなされた被告会社の解雇の通告は、予告手当を支給することなく一方的になされたもので、右予告手当が現実に支給された同年八月二日までは効力を生じなかつたものである旨主張する。

労働基準法第二十条が解雇されることにより職業を失う労働者に対し他に就職先を求めるなどに必要と考えられる期間内の生活を保障し、失職によつて直ちに路頭に迷うことのないようとの配慮に出たものであると解し得ることを思えば、解雇の意思表示が同条第一項本文に定める予告期間もおかず、かつ予告手当の支払もしないでなされた場合には、それは即時解雇としての効力は生じないこと勿論ではあるが、その解雇の意思表示が使用者において即時であると否とを問わず、要するにその労働者を解雇しようとするにあたつて、即時解雇の効果が認められないならば解雇する意思がないというような即時解雇のみを固執する趣旨の特段の事情のない限りは、即時雇用契約を終了させる趣旨の意思表示をしてもそれは第二次的にはその意思表示がなされた後同条第一項本文所定の三十日の期間経過をまつてその効力を生ずるに至るものと解するのを相当とする。そして、右のように解したとしても、前記法条が意図している労働者の保護を何ら減殺するとは考えられない。

これを本件についてみるに、昭和三十三年六月三十日になされた解雇の意思表示が予告手当の支給をすることなくなされたこと、右予告手当が原告に支給されたのが同年八月二日であることは被告において明らかに争わないものであるところ、右解雇の意思表示がなされた後に右のように予告手当の支給がなされかつその支払の時期が右解雇の意思表示がなされてから一カ月余り後のことにすぎない事実と弁論の全趣旨によれば、被告としては原告の勤務状態などから判断して予告手当の支払義務がないと判断し雇用契約の即時終了を信じたのにとどまり、即時解雇の意思表示が一定期間経過後の解雇を特に除外する意図をもつていたものと認めることはできないから、さきに述べた理由により、前記解雇の通告はその三十日後である昭和三十三年七月二十九日の経過とともに解雇の効力を生じ、原告と被告との間の雇用関係は同日をもつて終了したものというべきである。

四、そこで進んで、原告の主張する賃金等につき被告にその支払義務があるかどうかについて判断する。原告は原告が労務に従事したと主張する別紙記載の日にはまだ雇用契約が存続しているとしてその労務に対する約旨の賃金等の支払を求めるが、原告が解雇予告手当に相当する金銭を受けとつたことは原告の認めるところであるところ、労働基準法第二十条第一項本文に定める右予告手当といえどもなおその性質は賃金の繰上支給の意味をもつものであると解するから、被告の予告手当一万千九百十円の支払によつて右金額の限度内で原告の賃金等請求権は消滅したものであると解するのが相当であるので、かりに原告主張のように労務に従事しその額が原告主張のとおりに三千九百九十六円と算出されるとしてもそれら賃金等の請求権は被告に対し有しないものといわざるを得ない。

五、以上の次第で、原告の請求は失当であるのでこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秋吉稔弘)

(別紙)

月日

賃金(勤務時間)

残業手当(残業時間)

食事代

合計額

三三・六・二八

二〇八円(四時間)

五〇円

二八五円

三三・六・三〇

二〇八円(四時間)

五〇円

二五八円

三三・七・一

二八〇円(八時間)

二〇八円(四時間)

五〇円

五三八円

三三・七・二

一九二・五円(五時間半)

五二円(一時間)

二四四円五〇銭

三三・七・三

一七五円(五時間)

二〇八円(四時間)

五〇円

四三三円

三三・七・四

一〇五円(三時間)

一〇四円

二〇九円

三三・七・五

一五七・五円(四時間半)

一五七円五〇銭

ほかに家族手当九五〇円と交通費五五〇円

総計額三、五九八円

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例